手書きの手紙が喜ばれる理由

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手書きの手紙は温かみがある、と評されることはよくある(中学生の場合、だから手書きの手紙を書きなさい、となるわけだが)。手書きの手紙が本当に「温かい」かどうかはさておき、手書きの手紙をもらったほうがメールよりも嬉しいという人もいるのではないだろうか。
なぜ(同じ内容であっても)メールより手書きの手紙をもらったほうが嬉しいと感じるのだろう?
それは、手書きで手紙を書いて封筒に入れて切手を貼ってポストに投函する方が、Gmailでメールを書いて送信ボタンを押すよりもコストが高いからだ。受け手側からすると、「相手が手紙を出してくれるくらい自分のことを大切にしてくれている」ということを意味する。
「相手のことを大切にしている」というシグナルを発するためにコストをかけるのは誰にでもできることではないため、コストをかけると喜ばれるのだ。

「お金を儲けることに遠慮してしまう」人へのアドバイス

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お金を儲ける事に遠慮してしまいます。 - Yahoo!知恵袋
上記のベストアンサーがTwitterで少し話題になっているので、別バージョンを考えてみる。

AさんとBさんがいて、Aさんが300円でチョコレートをつくる。Bさんはそれに500円出してでもほしいと思い、Aさんと交渉すると400円で売ってくれた。
Aさんは作った費用よりも100円得し、Bさんは自分が見出している価値よりも100円安く買えたので100円得している。このとき、2人の富は100+100=200円増えている。

上の例えのように、財の交換によって全体の富が増えるのは確かだが、質問者がより稼ぐことによって損をする人が出てくることはありえる
例えば、コンピューターの登場によって今までに人間が行っていた仕事がコンピューターに取って代わられ、失業した人々のように、質問者が行う仕事によって失業したり給料が減ったりする人が出るかもしれない。
しかし、そのような人がいてもなお、質問者がお金を稼ぐ機会を逃す必要はない。全体の富は増えるのだから、その一部を「失った人々」に渡す仕組み(再分配制度)を作れば、(失った分の補填は完全にはできないかもしれないが)ある程度の「win-win」は達成できる。

全員の富が均等に増える社会は作れなくても、何かを失う人が出る中でも増えた富の一部を再分配する社会は作れる。だから、お金を稼ぐことに対して他人を不幸にするかもしれないと過度に躊躇する必要はない。

食べきれない量のごちそうを食べる順番

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温泉旅館で温泉にゆっくり浸かって部屋に夕食が運ばれてくる。どれもおいしそうだが、到底すべては食べきれそうにない。そんなとき、できるだけ食べる満足感を大きくするにはどうしたらいいだろうか? (フルコースなど食べる順番というものがあるものには使えないかもしれないが)

まず、品ごとに(見た目と直感で)食べる優先順位を付ける。次に、優先順位が高い順に1口ずつ味見していく。もう1度、優先順位を付け直し、「おいしかったもの(もう1口食べたいと思うもの)」と「あまりおいしくないもの(1口でもう要らないもの)」に分ける。
そうしたら、優先順位が高い順にAを全て食べ、次にBを全て食べ、と同じものばかりを食べきっていくのもいいが、それよりも、Aを半分食べ、次にBを半分食べ、Cを半分食べ、そうしたらAに戻り、というように食べていったほうがより満足感が高まる可能性が高い。食べ進めていくとだんだんと満腹に近づいていくため空腹時に比べると1口食べるごとの「限界満足感」が減っていき、同時に同じものを食べていくとそれを食べることによる満足感も減っていくので、ある程度ローテーションを組んで食べたほうが良い。
そして、満腹になった時点で食べるのをきっぱりとやめる。食べ過ぎると逆に満足感が下がるからだ。

以上のようなことを頭の片隅に置きながら、おいしいものを食べるのを十二分に楽しむのが1番だろう。

iPhoneで中国はアメリカよりも得をしているのか

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一般に、iPhoneなど中国で製造された製品を先進国が輸入することで中国が貿易黒字を出し輸入国は貿易赤字を出していると思われていることが多い。しかし、現実はもっと複雑だとティム・ハーフォードが論じている。
The great iPhone trade-off
The Chinese make the iPhones, the Americans buy the iPhones, and the result is an increase in the US’s trade deficit with China: $1.9bn in 2009, according to Yuqing Xing of the National Graduate Institute for Policy Studies in Tokyo, and Neal Detert of the Asian Development Bank.
政策研究大学院大学のYuqing Xingとアジア開発銀行のニール・デタートによると、中国で作られたiPhoneをアメリカ人が買うことによるアメリカの2009年の貿易赤字は19億ドルだったという。
To see why, imagine a world with three trading nations: Narnia, Mordor and Prydain. Narnia makes wine, Mordor makes iron and Prydain makes cloth. But the main demand for wine is in Mordor, where they are intemperate drinkers, while Prydain wants iron and the preening Narnians want cloth. Mordor will run a bilateral trade deficit with Narnia, Prydain will run one with Mordor, and yet every country might find its exports exactly balanced its imports overall.
しかし、A国はB国に物を輸出し、B国はC国に、C国はA国に、としていくと、二国間貿易ではどちらかが赤字になりどちらかが黒字になるが、全体を見れば輸出入のバランスはとれている。
輸出なしの輸入はできないし、輸入なしの輸出もできないので、最終的には一国の輸出入額はほぼ等しくなる。
Xing and Detert, after studying analysis from companies who take phones apart and report on their contents, calculate that the iPhone’s components cost about $172.50. In contrast, the cost of assembling the components in China is around $6.50. Apple declined to comment on these estimates, but they sound reasonable enough: when you’re talking about an iPhone, it’s hardly a surprise that the components are more expensive than the labour cost of screwing them all together.
Xingとデタートは、iPhoneの部品のコストは172.50ドルで、中国で部品を組み立てるコストは6.50ドル程度と試算している。組み立てコストのほうが安いのは妥当なことだろう。
But here’s the point: all these components are imported into China. Some come from the US, some from Germany, and many from Japan, specifically from Toshiba. The Chinese themselves add very little value to the package.
そして、そのiPhoneの部品は中国製ではなく、多くはアメリカやドイツや日本製(特に東芝製)のものだ。中国では部品を組み立てているだけで、iPhoneから得ている利益はそう多くない。
A similar story seems to hold for jobs. Greg Linden, Jason Dedrick and Kenneth Kramer of the University of California, Irvine, look at the jobs created by the old faithful iPod. Their study reckons that the iPod accounted for almost 41,000 jobs worldwide in 2006, and only 30 of those were in manufacturing in the US. But the iPod supported more than 6,000 engineering or other professional jobs in the US – as well as almost 8,000 lower-paid jobs in the likes of retail and distribution. Linden and his colleagues reckon that US workers earned more than two-thirds of all the wages paid to workers in the iPod value chain.
同じようなことは仕事にもいえる。
カリフォルニア大学アーバイン校のグレッグ・リンデン、ジェイソン・デッドリック、ケネス・クラマーによると、iPodによって全世界に4万1000の職が生み出され、そのうちアメリカの製造業で生み出されたのはわずか30に過ぎないが、エンジニアやその他の専門職が6000以上、それよりは低賃金な小売業や流通業でほぼ8000の職を生み出しているという。そして、iPodのバリューチェーンで支払われている賃金の3分の2以上をアメリカ人がもらっている。
It may well be that many US workers have been hurt by the forces of globalisation. But the iPhone and iPod show why the whole business is complex. Products that are made in China may actually be rewarding producers in Japan and California, and, of course, consumers across the world. It’s a curious paradox: the more pervasive globalisation becomes, the less we understand it by looking at trade statistics.
中国製の製品は日本やカリフォルニアの製造業者を潤わせているし、世界中の消費者の利益も増やしている。
グローバル化が進めば進むほど「A国が儲けてB国が損をする」というような単純な図式で貿易を捉えることはできなくなっているのだ。

メディアリテラシー教育研究会&オフ会@東京

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4/23に1泊2日で東京に行ってきた。
企業教育研究会」というNPOの「メディアリテラシー教育研究会」というものに「講師」(?)として招かれたからだ。
もともと私が1時間講演してその後に質疑応答を1時間、という話だったのだが、それはさすがに難しいということで対談形式で適宜会場からの質問にも答える、という形式をとることとなった。
私の話した内容についてはTwitterでの実況があるので、ここでは感想について書く。
この研究会で最も感じたことは「自分にとって当たり前なことが他人にとっては当たり前でないことがある」というごく当然のことだ。(リアルとネットの違いに対する考え方など)
おそらく私は、たまたま「経済学に興味を持って」「Twitterで情報発信をし始めて」「中学生だった」というだけの存在なのだろうが(実力が私より上の人なら同世代だけでもかなりいると思う)、そんな私にも比較優位はあるわけで、それが何なのかを掴むきっかけになったのではないかと思う。

この研究会が終わったとには、豚組でオフ会を開催させていただいた。
例のごとく人数が多すぎて全ての人と充分に話すことはできなかったが、とても有意義に時間を過ごせた。
幹事をしていただいた川合雅寛(@masahirok_jp)さんによると、普通は同じ場所に集わないようなクラスタが集っていて珍しかったらしい。私のオフ会は人数が多すぎるために、「GkEcといろいろ話す」というより「出会いを提供する」場(@night_in_tunisiさん、誤解してツッコミを入れないでくださいね)になっているのではないかと思う。

次の日の東京観光中にお金を落としてしまうというハプニングもあったが、また東京に行ける機会を頂ければまた行きたい。
メディアリテラシー教育研究会の方々、オフ会の幹事をしてくださった川合さん、参加してくださった方々、その他関係者のみなさん、本当にありがとうございました。


[翻訳] 課税されることのない男

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課税されることのない男 by Steven Landsburg - 道草より転載。


私の仕事をなにか面白いものを書いてしかも100%間違っているジャーナリストよりも簡単にしてくれるものはない。

そういうわけで、エリザベス・レスリー・スティーヴンズ、昨日のBay Citizenのコラムを書いてくれてありがとう。スティーブンズは「有閑階級(idle rich)」に対して課税してほしいと思っていて、その一例として8400万ドルの鍵メーカーSchlageの遺産相続人ロバート・ケンドリックを挙げている。スティーヴンズ氏によれば、ケンドリック氏は1日中4台の車を駐車し続ける以外全く何もしていないように見えるという。彼女が言うには、ケンドリック氏のような人に課税することはアメリカの財政危機の解決策の一部になりうる。

スティーヴンズ氏が見逃していることを挙げよう。事実が彼女の言っているとおりだとすると、ケンドリック氏のような人に課税することで歳入を増やすのは全くもって不可能なのだ。私たちはそれが望ましいかどうか議論してもいいが、それは不可能なので、議論は机上の空論だ。

なぜ不可能なのか説明しよう。政府がより多くのモノとサービスを消費すれば、必然的に他の誰かが消費する分は減る。しかし、ケンドリック氏はスティーブンズ氏の財布で何かを消費しているわけでは決してない。彼はただ1日中車を走らせているだけだ。彼の消費量はこれ以上下がりようがない。

あらそう―スティーヴンズ氏は言う―しかし8400万ドルは未だに銀行にある、と。確かにそれに課税することはできますよね? まさにそこがスティーヴンズ氏が混同しているところなのだ。彼女は緑の札束や銀行のコンピューターの0と1の羅列がどういうわけか政府の現実のモノやサービスへの需要に対する供給を助けると考えている。それはありえない。

もし政府がケンドリック氏の8400万ドルを持っていったら何が起こるだろうか? 答え: 0と1の集合が銀行のコンピューターの中で移る。ケンドリック氏は今まで通り車を走らせる。そして、それ以外は何も変わらない

もちろん、政府が8400万ドルのいくらかを消費すると決めるなら話は別だ。政府がより多くのモノを消費し、ケンドリック氏が消費を減らさなければ、他の誰かの消費する分は減る。他の誰かとは誰だろうか? 答えは取引の詳細に依るが、最もあり得る答えは、ケンドリック氏が税金を払うために8400万ドルを下ろしたときに、銀行はより少ないローンしか組めなくなり、金利は上がり、誰かが休暇をキャンセルしたり、車の購入を延期したり、建設中の工場を放棄したりする、というものだ。誰が税金による負担を被るのか? それは、休暇や車の購入や工場の建設をキャンセルした人々だ。ケンドリック氏ではない。

彼に課税しようとすることはできるが、そのような彼に課税しようとする試みは形を変えて他の誰かが負担することになる。この理由は結局は経済学の法則にはなく、数学の法則の中で見つかる。人間の消費をゼロより低くにすることはできないのだ。

スティーヴンズ氏の大きな間違いはお金と現実の資源を混同していることだ。彼女は政府がケンドリック氏のお金を取り上げるだけでどういうわけか現実の資源を獲得できると思っている。資源は結局どこかからやってこなければならないということに気づかずに。「金持ちに課税する」ことは、金持ちが消費する量を減らさない限りは、役割を果たすことはない

ジャーナリストはこの間違いをたくさんするが、私にはこれ以上わかりやすい例を目にした記憶がない。

by Steven Landsburg

4月18日

(原文: The Man Who Can’t Be Taxed)

投票率はなぜ低いのか

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4月10日に東京都知事選を初めとした統一地方選が行われた。東京都知事選の投票率は57.8%、私の住む大阪府の府議選は46.5%だったそうだ。
これを高いと見るか低いと見るかは人それぞれだろうが、東京で4割、大阪では半分以上の人が投票に行っていない。なぜ投票する人は有権者の半数に留まるのだろうか?
それは、1票では選挙結果が何も変わらないことがわかっているからだ。
Aさんが投票に行こうと行かまいとAさんの1票の影響力はごくごく小さいので誰かを当選させたり落選させたりすることはない。Aさんが東国原氏に投票したとしても都知事は石原氏になっていただろう。
では1票では何も変わらないのになぜ半分以上の人は投票に行くのかというと、それは投票に行くことで様々な便益を得られるからだ。
投票に行けば、自己満足感を得られるし、投票に行かない後ろめたさを感じずに済むし、Twitterで民主主義の素晴らしさを偉そうに語ることもできる。純粋に自分の道徳感に従って投票に行く人もいるだろう。

ここで必ず出るのが「1人1人の1票の価値は低くてもそれが集まれば政治を変えられる。だから1人1人がしっかり投票に行くことが大切だ。」という意見だ。
確かに、1人1人の票が集まれば政治に影響を及ぼせる。しかしそれは票が組織化された場合に限る。1人1人の意識に頼っているようではいつまで経っても投票率は上がらない。
投票率を上げたいのなら、投票するインセンティブを与えるのが最も良い方法だ。
具体的には、インターネットで選挙活動や投票ができるようにしたり、投票を国民の義務として投票しなかった場合に罰金を課したりする方法が考えられる。(ネット投票は、投票のコストを下げても投票率は上がらないという研究があるので本当に投票率向上に効果的なのかはわからないし、投票義務化も投票は国民の権利であるという思想に反するかもしれないが、やってみる価値はあると思う。)
現状の投票率は別に低いわけではなく、1票の価値を考えればむしろ高いともいえる。投票率を上げて政治をより良くしたいのなら、有権者のインセンティブを考えた政策立案が重要だろう。

関連: 投票の合理性 - Togetter

[質問] すべてが無料の世界はつくれますか?

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すべてが無料の世界はつくれますか?
中山 浩成

そんな世界はつくれない。というより、そんな世界を作れば今よりもずっと貧しくなるだろう。
政府が全てのものを無料にしなければいけない法律を作ったらどうなるだろうか。
企業は生産活動をやめ、人々は自給自足に近い生活を送ることになるだろう。親戚の間で作った野菜を分けあったりするかもしれない。しばらくすると、物々交換が行われるようになるかもしれない。
モノが無料でなかったときよりもモノを手に入れるためのコストは増えるし、手に入れられるモノが減って貧しくなる。モノが無料でなかったときにスーパーで100円で買えた卵を手に入れるために卵農家で卵1個とキャベツ2玉を交換することになるかもしれない。
これでは全く「無料」とは言えないだろう。
さらに、物々交換だと、自分が持っているキャベツに対して、キャベツに卵1個の価値を見出していてしかも卵を持っている人を探さなければならない。
このように、需要と供給が一致しづらくなることによって効率性も著しく悪化する。

昨年、クリス・アンダーソンの「フリー」が話題になった。
Googleが無料でサービスを提供しても利益が上がるのはサービスを提供する人を1人増やすごとにかかる費用(限界費用)が非常に小さいため、無料にしてできるだけ多くの人に使ってもらい広告収入を得たほうが利益が上がるからだ。
しかし、卵の限界費用はGmailの限界費用ほど小さくはない。それが卵に「フリー」モデルを適用できない理由だ。

では政府が全ての生産物を買い取って無料で全国民に提供したら良いのではないか。(買い取るための財源については無視する)
それでも同じことだ。全てのものが無料で手に入るのに誰が働くというのだろう? 生産物を政府に売ってもその金を使うところがないではないか。
かくして、誰も働かなくなり、自分で作ったものを政府に買い取られないように隠し、裏物々交換が行われるようになる。

政府が強制的に人々を働かせ、その生産物を無料で皆に分け与えたらどうか。
それはただの共産主義に過ぎない。ソ連はとっくに崩壊している。

おそらく、全てのものが本当に無料になるのは、コンピューターが人間に取って代わり、働かなくても何でも手に入るようになったときなのだろう。

質問はq@gkec.infoまでどうぞ。

[質問] これからどこの業界に期待できますか?

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すっかり忘れていた「GkEcがあなたの疑問に答えます」コーナーに久々にメールが寄せられた。

僕は、広島県に住む中学二年生です。いきなりですが、これからはどの業界に期待できますか?

結論から言うと、どこの業界がこれから成長していくかなんて誰にもわからない
どんな業界にも「輝く未来」は保障されていない。ある要因によってある業界が急成長することもあるし、逆に業界がまるごと消滅することだってある。
そして、その「ある要因」は誰にも予測できないのだ。
今、「有望」とされている業界が10年後も有望である保証はないし、現在存在しない業界が「有望」とされているかもしれない。その10年後の有望業界だって20年後にあるかはわからない。
ではどうすればいいのか、と訊かれても、少なくとも私には答えられない。安定しているものは1つも存在しない、ということを頭の片隅においておくのが安定への第一歩なのではないだろうか。

もし私に質問したいことがある方はq@gkec.infoまでメールをどうぞ。

タクシー規制

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タクシー規制の是非 - Togetter

先日、規制仕分けに関連して、Twitterで「タクシーの台数規制は全体の効率性を悪化させている」とツイートしたところ、思ったより反響が大きかった。

なぜタクシーに対する台数規制はいけないものなのだろう?
それはタクシーに乗りたい人とタクシーの数が一致しなくなるからだ。
台数と価格が固定されていると、需要が供給を上回る場合に、タクシーに乗りたい人がタクシーを探しに無駄に走りまわらなくてはならなくなる。需要が供給を下回る場合にはタクシーは値段を下げることもできずに客を探しまわらなければならない。

タクシー自由化の反対意見を見てみよう。

「競争の激化によりタクシー運転手の収入が減り、場合によっては失業してしまう」
確かに自由化によって上記のことは起きるだろう。タクシーの運転手というのはそれほど高い技能が必要ないため参入障壁が低く、自由化されると賃金は低く抑えられる(少なくともサービス内容が「人を運ぶ」ことだけで横並びである限りは)。だからといって、雇用保障としてタクシーの運転手だけを保護する理由はどこにもない。タクシー運転手以外にも自由な市場でギリギリの状態で働いている人はたくさんいる。それよりは、市場を自由化した上で、ベーシックインカムなどの手段で所得の再分配を行う方が良いだろう。

「安さだけを追求するタクシーばかりになって安全性やサービスに問題が生じる」
市場を自由化すると、安さだけを追求するタクシーばかりになるわけではない。市場に多様性が生まれ、安さではなく安全性やサービスの質などを売りにするタクシーも出てくるだろう。それに乗りたい人は乗れば良い。もし安さを追求するタクシーばかりになってしまったとしたら、消費者は最初から安さしか求めていなかったというだけのことだ。

「駅前などでタクシーをつかまえる場合は消費者はタクシーを選べない」
これは検討する価値がある。もしタクシーが1台ごとにバラバラなサービスを提供し価格もバラバラで、駅前に並んでいるタクシーを見分けられなければ、大いに問題だろう。
しかし、タクシーも消費者に選んでもらうために様々な工夫をするはずだ。安全性やサービスを売りにするタクシーならiPhoneやAndroidから予約できるようにするだろうし、安さ重視なら窓に値段を示すステッカーを貼るのではないだろうか。
粗悪なタクシーは悪評が広まって淘汰される。
それに、タクシーのほとんどはタクシー会社に属しているため、タクシーごとのそこまで大きなばらつきは認めないだろう(需要量に応じて価格を上下させることが運転手にできるようにはしてほしいが)。消費者が一律料金一律サービスを望むならタクシー会社もそうするはずだ。

「タクシーの台数や価格を自由化すれば地方のタクシーが少なくなり生活に不便するようになる」
タクシーは日常ひんぱんに使うほどとは思えない。タクシーが地方に住む人の足になっているのなら、その社会余剰を外部性補助金という形でタクシーに払うべきかもしれない。

以上で見てきたとおり、一見する限りはタクシーの自由化に反対する強い論拠は見当たらない
ただ、タクシー規制の歴史をたどれば、規制の(少なくともその当時の)合理的理由が見つかるかもしれないので、今度調べてみようかと思う。