2010-05-31

体脂肪を燃料に発電ができたら肥満は減るか?

今回のエントリは思考実験。
もし、体脂肪を電気エネルギーに変換してしまう何かが発明され、それが広く普及したら、肥満は増えるのだろうか減るのだろうか?
これを知るためには、「肥満を防ぎ、解消するコスト」と「肥満を気にせずに活動するベネフィット」のどちらが大きいかを比べる必要がある。
「肥満を防ぎ、解消するコスト」には、「食べるのを我慢する」「運動をする」などが含まれる。食べるのを我慢したり運動をしたりするのは辛いし、時間もかかるからだ。自分に合う服を探したり、待遇が悪くなるのもコストに含まれる。
「肥満を気にせずに活動するベネフィット」には、(ステレオタイプだが)スナック菓子を食べながらゴロゴロしてテレビを見る、甘いものを食べて家でネットする、などが含まれる。これらの活動は楽だ。
現在、肥満を気にして運動したり食事制限している人が、「脂肪発電機」を手に入れたらどうなるだろうか。
おそらく、それらの「ダイエット活動」が辛いと思っている人は、ダイエットをやめるだろう。そして太っていくだろうが、発電機で脂肪を燃焼させる。
要は、太るのと脂肪燃焼するののどちらのペースが速いかの問題なのだ。

まとめ: Xという事象が、Yという事象によって良い方向に転がるか悪い方向に転がるかは様々な要因に左右されるため、事前に予測することは非常に難しい。

2010-05-25

社会貢献激論 with @kaho1015

先日(5/24)、私と里佳歩(@kaho1015)さんとの間で行った「社会貢献」について議論まとめ。


koji1989: 暴論だけど、金があれば世の中大半の問題は解決・文句を言わない事になると思うのだけど・・・正しいのかな?

GkEc: 大半はそうでしょうね。 @kaho1015 さんは否定するでしょうがw しかし、金よりも効果的にインセンティブを持たせる場合も多々あることは経済学的にも明らかでは。

kaho1015: いや否定はせんがね。西田君の意見に賛成。あとまずそのお金を集めるのをどうするか。

GkEc: 「社会性」ですか…。この概念はあんまり好きじゃないですね。定義が曖昧でなんにでもねじ曲げられることと、社会性などと考えなくても利己的な行動の殆どは全体のためになるというのが経済学なので。

kaho1015: それでは漏れがあるから公共事業があり、それでも漏れがあるから新しい公共があるんでは?

GkEc: 既存の経済学では扱えない範囲が広がってきたことは認めます。だから行動経済学があるわけですから。しかし、「社会貢献」という実態のないものを神聖化するのもいかがかと。営利も非営利も優劣は付けられないし、「営利だから」「非営利だから」というのは言い訳に過ぎない。「みんなで自主的に助け合う」というのが新しい公共であるのなら、既存の経済学でも扱えますし。

kaho1015: 実態がないというより、カバーする範囲が広すぎる、ってのなら理解。神聖化はしてないけど; 社会貢献にビジネスの考えをaddすると現行のシステムでは拾えない最大公約数外の層のニーズに答えられるのではとは思いますけど。

GkEc: なるほど、里さんは現行のシステムに「社会貢献」という要素をプラスした新しいシステムを作りたいわけですね。現行のシステムは曲がりなりにも最適だと思われているからこそ採用されているわけで、もし新システムを作るとしたら現在のシステムの問題点と解決策、その解決策の副作用を洗い出す必要がありますね。里さんのことだからそのへんもしっかり考えているとは思いますが。

kaho1015: うぬー、要素をプラス、でなく現行のシステムで取りこぼしされている市場に介入したいのかな、どっちかというと…

GkEc: 経済学の原則を無視できる市場は存在しない(存在したらそれは既に経済学の定義する市場ではない)ので、市場開拓の方法は既存の方法と変わりません。報酬がお金だろうが人の気持ちだろうが。

kaho1015: なんか論点がズレてる気がする。私が理解できてないだけかもしれないのでもうちょい噛み砕いて。

GkEc: 確かに論点がずれてきてますがそれを気にせずに話を続けると、新しい市場に介入するときは「自分も相手も利益を得られなければ市場は消滅する」という原則を無視してはならない、ということです。つまり、「相手にとって2万円の価値があるものを、1万円の費用でをかけて、1万5000円で提供する」という風にしないと市場が潰れてしまうということです。この原則を打ち破ることは「新しい公共」を持ち出しても不可能。

furusho: 利益ってなんなのかを先ず考え抜いて見てほしいなあ。

GkEc: 「社会貢献」と言っても、利益を出さなければ続かない。そしてその利益が人それぞれだからこそ、多種多様な市場がある。

GkEc: 話が飛びすぎた。 @kaho1015 さんと僕とで細かい言葉の定義が違うから論点がズレちゃうのかなぁ…。例えば「市場」という言葉にしても意味が違う気がする。

GkEc: 「現行のシステムで取りこぼしされてる市場」というのがピンと来ないな…。取りこぼされてたらそこに市場は無いわけで…。市場を作る、というのかな…

yuh_bluebird: おっ、噂の中学生エコノミスト!さとかほちゃん、「人」にも市場があるし、「善意」にも市場があるんだよ。市場と言ってもお金が流通するとは限らないよ。

kaho1015: 返信遅くて申し訳ないです、地下鉄でしたー! うん、それはわかるんです!でもまだ市場の手が(充分に)及んでいない分野ってあるとおもうんですけど…

GkEc: 市場の手が及んでいないところはそれなりの理由があるわけで、そこには「市場」は作れないような気もします。

yuh_bluebird: たしかに、医療も「市場の失敗」と言われる。けど、いつまでも失敗してる訳じゃない。経済学は進化する。例えばフェアトレードも、市場性をもちえないと思われてた。ノベール賞学者スティグリッツ先生は、フェアトレード市場の裏付けを作った。社会起業家の世界的リーダー・グラミン銀行ユヌス総裁だって経済学者。理想のある経済学者は未来を変えられる。

GkEc: 同意です。今あるツールをどう使うかは人間次第。

yuh_bluebird: 中学生エコノミストが作る未来はきっと僕が想像できないほど素晴らしい。なんとなくそう思う。

kaho1015: @GkEc だから頑張って!分野横断的にね。経済学だけがすべてじゃないし、経済学でも君がしってるものだけじゃない。


この議論はだんだんと論点がずれていっているし、双方(@GkEc @kaho1015)とも結局何が言いたいのか分からない。
里さんは「市場の手が及んでいないところに市場の力を及ぼさせるためには経済学以外の方法が必要」と主張しているのに対し、私は「それは経済学でしか扱えないからよって無理」と一方的に主張している。これでは議論が噛み合わなくて当然だ。
どちらも、相手に自分の主張をわかりやすく説明し、論点を明確にする姿勢が足りなかった。議論をするときは「論点を明確にし、一方的に主張しない」よう気を付けるべきだろう。

2010-05-24

[書評] 理性の限界

理性の限界

本書は、「アロウの不可能性定理」「ハイゼンベルクの不確定性原理」「ゲーデルの不完全性定理」を使って、それぞれ「選択の限界」「科学の限界」「知識の限界」について論じている。
例えば、「選択の限界」では、民主的な選挙制度を追求すると独裁制に行き着くという驚きの結果が示されている。その他にも、最適な行動を理性的に追求すると理性的でない行動が最適になる、といった非常に面白いものが盛りだくさんだ。

いろいろな主義主張を持った者が議論する、という形式を取っているので非常に読みやすく、かつ何度も読み返したくなるような深さがある。素晴らしい。

2010-05-22

フィンランドの教育

先日Twitterで見かけた興味深いツイート:

企業が職種別採用×資格重視+大学/職業高校で専門性教育、によりフィンランドの学生は必死に学ぶ模様です。日本でただ無料化しても無意味でしょう。こちら参考⇒ http://ht.ly/1MtFL RT @GkEc: なるほど。それはフィンランドの大学のほうが日本の大学より実用的なことを教えているということでしょうか? それともフィンランドの大学生を採用する企業が日本国内の企業に比べ、より大学で身につけたことを重視するということでしょうか? RT @retz: 社会で有用なスキルが身につき就職にも直結する事が、学びの動機になっている模様ですRT @GkEc: なぜ「でも」になるのかわからない。日本より人口が少なく経済規模が小さいため、世界へ出なければならないと言う危機感が大きいだけだと思うのですが… RT @retz: RT @moritaeiichi: フィンランドでは、大学も無料。留学生も無料。食事も学割で1/3程度に。奨学金制度も充実。優遇されている。でも、日本より学ぶ意欲が高いのがスゴイ。 #hokuo8:54 PM May 18th via HootSuite
このツイートとこのサイトによると、フィンランドの大学は「職人養成学校」のようなもので、卒業までの年数も日本よりも圧倒的に長い。
フィンランドの学生が必至に勉強するというのも、大学進学率が日本より低いという要因は無視できない。必至に勉強する層だけが大学に良くからだ。
そして、最も大きい要因だと私が考えるのは、徹底的な実学志向だ。フィンランド政府は職業スキルに直接結びつかない教育(哲学、文学、考古学 etc.)にはあまり力を入れていないのではないかと推測する。(これらの教育はどの国でも冷遇される傾向があるが。)
日本にもこの仕組みを持ってくれば日本の教育レベルが上がるかと言ったら決してそうではないだろう。

まとめ: フィンランドの大学教育は徹底した実学志向によって成功している。

※引用したツイートは、文脈がわかるよう編集してあります。

2010-05-17

どうしたら勉強するか

自分もしくは誰かに勉強させるにはどうしたらいいか、という問題に直面した経験は誰しもあると思う。
今回は、「自分に勉強させるにはどうしたらいいか」という問題について考察する。


その期待を維持しようと勉強するわけですか… RT @tomo_econ: @GkEc あと、西田くんの最近好きな言葉を使うと、twitter上の人に「僕はできる人です」と言うシグナルを送ってみてください。12:22 PM May 16th via Chromed Bird
上のtweetで、とも(@tomo_econ)さんが「西田君の最近好きな言葉」というのはこの本に影響されて私が「シグナリング」という言葉をTwitter上で連発したことを指している。
ともさんの方法は「シグナリング」と「コミットメント」を組み合わせた方法で、「自分が『デキる人間』であることをさり気なく匂わせ(シグナリング)、期待させる(コミットメント)」というもので、人間の「他人には自分を良く見られたい」という心理をついた戦略だ。

この方法でモチベーションを引き出したところで、勉強計画の立て方についても考えてみよう。
計画を立てるときは、ある程度自分を縛ったほうが良い。もちろんこれは実際に縄で縛るわけではなく(これを思い浮かべてしまったあなたはドMだ)、時間をきっちりと決めた方が良いということだ。
時間を決めるといっても、決めるのは「始める時間」だけにして「終わる時間」は設定しない。
その代わりに「こなす勉強量」を設定する。こうすることによって「早く終わらせよう」というモチベーションが生まれる。

まとめ: 他人に自分が勉強をできることを言いふらして後退を不能にし、さっさと終わらせて得をする仕組みを作れば勉強ははかどる。

※追記:

@tomo_econ ののの…。僕の理解: コミットメント=自分が実行したいことを周りに伝えてそれを実行することを期待させ監視させる。これによってコミットメントした者はその期待を裏切らないよう約束を実行せざるを得なくなる。これには「相手の期待を裏切ると自分の不利益になる」という前提がある。 シグナリング=自分が相手に伝えたいことを「コストをかける」という手段によってさりげなく匂わせる。5:44 PM May 18th via Chromed Bird in reply to tomo_econ


@GkEc あと、シグナリングは「勉強そのものの一側面」であって、勉強させるための方法ではないね。この文脈では「シグナリングをするためにコミットメントをする」という関係が適切かな。6:02 PM May 18th via HootSuite in reply to GkEc

2010-05-09

中学社会科の教科書にツッコむ [1]

中学社会科の教科書にはツッコミどころが沢山あっておもしろい。
本シリーズでは、1回につき1つの経済学的な間違いに全力でツッコんでいく。
教科書の間違いは探せば10個くらいは見つかるので全10回のシリーズになればと思う。

今回ツッコむのはこの記述:
イタリアとEUの関係をつかむ
EUがさまざまな共通の政策を進めるにつれ、イタリア国内にもさまざまな変化が起こっています。例えば、EUの内部では、企業はどの国でも同じように活動することができるようになってきたため、イタリアの企業が国外に進出したり、製品を輸出したりしやすくなりました。そのいっぽうで、EUの他の国でつくられた品物の輸入もしやすくなります。テレビのニュースや新聞記事によると、イタリアに比べて物価や人件費の低いスペインやポルトガルで安く生産されたワインやオレンジが出まわるようになって、農家に打撃をあたえるなどの問題も起こっているそうです。
EU全体の政策と各国の利益の対立を調整することは、EUの役割が拡大し、加盟国が増えるにつれて、ますます重要になってきています。
これは日本文教出版の「中学社会地理的分野」P134, 135からの引用だ。

この1つの文章には2つのツッコむべき点があるので今回は1つ目のこの記述を問題視する。
そのいっぽうで、EUの他の国でつくられた品物の輸入もしやすくなります。
この言い方はまるで輸入しやすくなることが悪いことのようだ。
輸出したら輸入しなければ経済は成り立たない。
例えば、A国では1日に1万ユーロ(約116万円)分の生産があるとする。このうち3000ユーロ分を輸出する。残り7000ユーロは国内で消費されてしまうので、他国に売って手に入れた3000ユーロは行き場を失う。何も買うことができなければ3000ユーロあってもただの紙切れに過ぎない。
そのため、輸出したらその分だけ輸入せざるを得ない。

まとめ: 輸出しっぱなしにするのは不可能


※このエントリは論理にかなり無理があるので、批判はどんどんコメント欄に書き込んでください。

2010-05-05

[書評] インセンティブ

インセンティブ - 自分と世界をうまく動かす
自分の経済学観に衝撃を与えた本。
「経済学者は冷徹非情」と思い込んでいる人(私もそのイメージを強化するのに一役買ってしまったのだが…)におすすめ。

著者は、なんでもかんでもお金で測るという経済学に対する認識は誤っている、と主張し、そしてインセンティブを使うべきところと使うべきでないところの見極めが大事だと言っている。
私はこれに衝撃を受けた。私はスティーヴン・D・レヴィットに倣って「常にインセンティブをどう活用するか考え」ていたのだ。
他にも本書には、費用便益計算をするべきでない場面や、旅行先でおいしい料理にありつく方法、世界を良くするには何にお金を使えば良いか、など面白いトピックが満載だ。
私の信奉しているスティーヴン・D・レヴィットとティム・ハーフォードが「合理性」という面から物事を見るのに対し、著者であるタイラー・コーエンは「シグナリング」という面から経済学的に不合理とされるものに焦点を当てている。ティム・ハーフォードはスティーヴン・D・レヴィットに比べるとだいぶタイラー・コーエン寄りの立場だが、シグナリングの概念はハーフォードの著書には出てこなかった。

経済学は利己的だと思っている人、経済学を学んでいて利己的に振舞うべきだと考えている(この本を読む以前の私のような)人は是非とも読んでもらいたい。おそらく損はしないだろう。

2010-05-03

「損した気分」は不合理か?

先日、家でこのような言い合いがあった。
その次の日の弁当は「ランチパック」で、たまのパンに喜んでいたのだが、母に弟が妬むから弁当をパンにする頻度を減らすと言われてしまった。私は弟は損をしていないのだから良いじゃないかと主張したのだが、弟が「お兄ちゃんだけずるい」とわめいている。
さて、弟の「お兄ちゃんだけずるい」というのは不合理な言動なのだろうか?
私はそうは考えない。なぜなら、経済学ではまず「合理的である」という仮定を行うからだ。
つまり、弟は「お兄ちゃんだけずるい」と言って私がランチパックを食べることを阻止することで得をしているのだ。あるいは、弟は私がランチパックを食べることで損をしている、と言い換えても良い。
具体的に何を損しているのか?
それは「兄が食べなければ残っていたはずのランチパック」だと私は考える。
「家族」という共同体の場合、共同体に属する自分以外の人の財も自分のものとして扱うのではないだろうか。
もちろん、この説には裏付けが無いので今後調査を行う必要がある。

まとめ: 弟は「損した気分になっている」のではなく実際に「損をしている」可能性がある。