2010-07-11

効率性と公平性



効率性と公平をトレードオフだという前提での効率性批判は、効率性という概念と、実際にそれを用いた分析手法についての誤解があるような気がすることがある。逆もまた然りで法の適用とその帰結は効率性の観点からみても説明がつくものも多い。仮想敵国批判を煽る一部の人の影響もあるけど、残念。7:36 PM Jul 1st via web
そもそも“効率的”とはなんだろう?
効率的な状態とは、“ある個人や集団の総余剰が最大の状態”を指す。
つまり、“現在実現できる最大の豊かさ”を達成した状態を“効率的な状態”と呼び、その度合を“効率性”と呼ぶのだ。
これと混同されやすい概念に“パレート効率性”がある。
“誰の状態も悪くせずに誰かの状態を良くすることができない状況”を“パレート最適”または“パレート効率的”と呼び、その度合をパレート効率性と呼ぶ。
ビルゲイツから富を徴収せずに貧しい人にお金を分け与えることができないとき、それは“パレート最適”と呼ばれる。

効率性と公平性は両立できないものなのだろうか?
この2つを「両立できない」と言っている人は、往々にして“効率的=パレート最適”だと勘違いしていることが多い。
酷いところだと、「金持ちから金をとったら効率性を損なうことになるから貧乏人を餓死させておくのが経済学の考え方」と勘違いしている人までいる。
国の政策で、富んでいる人から貧しい人たちへ再分配政策を行うのは、それが公平性のみならず効率性も改善するからだ。
貧しい人が教育を受けられるようになれば、本人の生産性も上がり、効率性も改善される。

まとめ: 効率性と公平性がトレードオフの関係になることはそう多くない

0 件のコメント:

コメントを投稿