2010-08-31

[書評] ランズバーグ先生の型破りな知恵


ランズバーグ先生の型破りな知恵 スティーヴン・ランズバーグ著
日常の疑問を費用便益分析と外部性の考えを用いて直感とは反する答えを導きだす本。
本書も、原題のMore Sex Is Safer Sexにあるように、最初に人を惹きつけるテーマを持ってきておいて段々とさらに重要なテーマを展開していくという、英語圏の経済学書によくある方法を採用している。
例えば、復讐は全く生産的な活動では無いが、復讐本能があることによってそれが強いコミットメントになり、抑止力につながるという面白い考察があったり、発展途上国の児童労働を禁止して代わりにきれいな空気や水や余暇を与えるのは途上国の人々のためにならないといった経済学の常識に近いものもある。
この本の後半は、豊かさと自由のトレードオフ、まだ生まれていない人間に対する配慮など哲学的な問題にも踏み込んでいて、経済学+哲学のような形になっている。
通常の経済学にも加え、「経済学者の倫理」のようなものの一片に触れることのできる、おすすめの1冊。

2010-08-29

旅先でのトイレの選び方


だんだんと恒例化している感のあるティム・ハーフォード(@TimHarford)のコラムの紹介:
What's your approach to picking toilet stalls?
When I travel I am faced with a difficult choice: which of the toilet booths to use in offices or hotels.
旅先でオフィスやホテルのトイレのどのブースを使うべきか。
それに対するハーフォードの回答:
But all this is a little puzzling. Your stall-picking strategy reminds me of Warren Buffett’s comment that “diversification is a protection against ignorance”. Presumably you just want a clean toilet with some paper. Would it kill you to do a little research and check a couple of stalls? That’s what I do.
どのブースが使われていないかというより、どのブースのトイレがよりきれいかということのほうが重要だ
そのためには、ほんの少しだけ手間をかけて事前に調べ、どのトイレも確認しておくのが効果的だろう。

追記: @kc_kitanokuniさんからこのコラムの解釈のしかたが間違っているという指摘を受けたので一部訂正しました。

TimHarfordのコラムの解釈が若干間違っています。オフィスかホテルという選択肢ではなく、オフィス或いはホテルのトイレの、どの枠(手前か奥か)を使うべきかという質問で、彼の答えは「実際にいくつかのドアを開けて中をチェックすれば解決」 RT: @GkEc 旅先でのトイレの選び方8:53 PM Aug 29th via web

2010-08-28

[書評] ブラック・スワン[上]


ブラック・スワン[上]
この本の内容を一言で表すとこうなる――私たちには自分がわかっていると思っていることが実はわからないということがわからない。
上記の文は1度読んだだけでは理解しづらいかもしれない。しかし、それが本書なのだ。
専門家と素人で未来予測の精度は変わらない。違いは“自信”だけだ。
“偶然”起こることが大きな影響を及ぼす世界では、未来を予測するなんてことはできっこない。それなのに歴史にははっきりとした因果関係があって、そこから学べると思っている。
などなど、「わからないということがわからない」ことについて長々と書き綴られている。
黒木学(@mikeexpo)さんに「下巻を読まないとこの本の真髄はわからない」と言われたので、下を読むのが楽しみだ。

2010-08-27

対談@阪大


先日、大阪大学社会経済研究所で大阪大学の大竹文雄(@fohtake)教授と政策研究大学院大学の安田洋祐(@yagena)准教授と対談させて頂いた。
Twitterを始めた時期や使い方の話からはじまり、経済学を始めたきっかけ、経済学がどのような場面で役に立つか、中高の社会科教育など、多彩な話題について非常に楽しく話すことができた。
対談後には、青木理音(@rionaoki)さんについてや高校受験の非効率な点などについての話題で結構盛り上がった。
そして、経済学的思考のセンスこんなに使える経済学を大竹教授から、新しい経済の教科書学校選択制のデザインを安田准教授からそれぞれ頂き、大竹教授にはサインまで(「これで売れなくなった」と冗談でおっしゃられていたのが印象的だった)して頂いた。
帰りの電車では編集者さんから「若い研究者の方は自分の論文や研究を重視して取材を受けてくださらないので安田先生みたいな方は出版社にとっては貴重なんです。」と言った話を聴けたり、とても有意義な1日となった。
今回の対談は11月28日発売の日本評論社の経済セミナー1月号に掲載される予定だ。
今回の対談がどのような内容に編集されるのかは全くわからないが、発売されたらブログに書く(&PRしまくる)予定なので、是非ともブログを見た上で買って頂きたい。
大竹教授、安田准教授、編集者様、カメラマン様、日本評論社様、関係者各位本当にありがとうございました。

追記: @uranometree氏から「3人で話すのは鼎談」と補足を受けましたが、一応安田准教授は“司会”という役割で企画としては“大竹教授×西田”という“対談”なので、本文及びタイトル中でも“対談”としてあります。

2010-08-25

その規制は誰のためにある


弱者のための規制が弱者の首を締めるという好例を説明したとても良い記事があったのでご紹介。
ミネラルウォーターと保育園  - SYNODOS JOURNAL(シノドス・ジャーナル) - 朝日新聞社(WEBRONZA)
ところが、ここで与党の政治家達が、「たかが水に120円もの高い価格をつけるとはケシカラン。低所得者にとって120円は高すぎるではないか。水は生活にとって必需品であるし、低所得者等が安心して購入できるためにも、ペットボトルの水は10円にすべきである」と主張して、ミネラルウォーターの価格を低く固定する「価格統制策」を実施したとしましょう。
こういった感情的な理由に基づく政策は往々にして失敗することが多い。
しかし、こうした企業は、これまで市場経済で競争をしていた民間企業と異なり、明らかに効率性に劣る経営をします。何しろ、大量の待機者がいるわけですから、つくるそばから飛ぶように売れますので、企業努力をする必要がありません。
また、お客よりも、割当を決める役所ばかりをみて活動をしますから、当然、おいしかった水の質も落ちてきます。しかし、それでも10円、30円の安さですから、消費者もありがたく、文句がいえません。
独占の問題点は効率性が低下することだ。消費者がもっとお金を出しても良いからおいしい水を買いたいと思っていても、生産者の利益は消費者からではなく役所からもたらされるので、生産者が消費者のニーズに応えても利益は増えない
こうしたなか、本来、1本あたり120円で生産されていたペットボトルの水も、直ぐに200円、300円のコストがかかるようになってしまいました。消費者は10円、30円で買っていますから文句をいいませんが、じつは、その裏で1本あたりの販売単価の何十倍もの赤字が発生し、これはすべて税金で穴埋めされています。
これこそが隠れたコストだ。税金は自分でコントロールできる部分が少ないので、自分で確定申告することが必要な人でも無ければ気にするインセンティブが小さい。
それでは、この問題を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。
それはもうお気づきのことと思いますが、じつに簡単なことで、元の市場価格に戻して、その後につくった法律(割当の要件、参入規制)を廃止することに尽きます。
規制が全て悪では無いが、政策として実行してみて効率性を損なう(=他にもっとうまいやりかたがある)規制だとわかったら撤廃するべきだ。
いやいや、まだ問題が残っています。そうです。そもそも政治家が価格統制を言い出した低所得者対策をどうするかということです。
しかし、その答えも簡単で、もし、低所得者にミネラルウォーターを安く提供することが政策的に本当に必要であるならば、認可企業に公費補助金を投入するのではなく、直接、低所得者に水を購入するための補助金を渡せばよいのです。
もし低所得者向けの政策を採りたいのであれば、この層にピンポイントに届く政策が好ましい。水の値段を規制すると、その影響は水の消費者全てに及んでしまう。
さて、ここまでの寓話で、懸命な読者はお気づきかと思いますが、これはじつはミネラルウォーターの話ではなく、日本の保育政策の話なのです。
(中略)
経済学的に考えて、待機児童問題を解決し、公費漬け・補助金漬けの高コスト体質の保育産業の問題を解決するために、一番重要な政策は、保育料価格の自由化です。
水ビジネスを規制した場合の問題は、そのまま保育所の問題に当てはまる。
需要者と供給者のニーズを一致(=効率性を改善)させるためにも規制の緩和は必要だ

2010-08-24

ゲーム廃人は誰のせい?


「廃人になった」:ゲーム会社を提訴、審理開始へ | WIRED VISION
原告であるCraig Smallwood氏は、韓国のゲーム制作会社、NCsoft社を相手取り、中毒を引き起こす性質のゲームによって受けた損害の賠償を求めている(金額は明言されていない)。同氏は、2004年から2009年の間にLineage IIを2万時間プレイしたが、「このゲームに中毒すると知っていたら」遊び始めなかったと主張している。
中毒(依存症)になる可能性のあるものは溢れている。
例えば、ある人が恋愛依存症になったからといって、「俺(私)と付き合うと恋愛依存症になるかもよ?」と言わなかったという理由で恋人を訴えるのはおかしいだろう。
ユーザーは数年のうちに各国あわせて60万人に達し、リリースから6年が過ぎた今でも機能強化やアップデートが定期的に行なわれている――それゆえに、無防備なプレイヤーたちが、疲労で目をしょぼつかせながら家に引き籠もったままになってしまうケースも増えている。
もし自力でゲームをやめられないなら、病院に行って治療してもらうべきだ。
ゲーム中毒になったのをゲーム制作会社の責任にするべきでは無い。

2010-08-22

[書評] 子育ての経済学


子育ての経済学 ジョシュア・ガンズ(@joshgans)著
育児体験記として楽しめて、育児において起こる事象を経済学的に捉える本としても読める、1冊2役の本。
育児体験記としての側面として、オーストラリアの子育てと日本の子育ての共通点と差異についていろいろ学べた。(肝心の自分は未だに受ける側にいるわけだが)
特に、“13章 パーティーをする”の部分は非常に驚きを持って読んだ。オーストラリアでの子供の誕生日パーティーは非常に大々的に行われるようだ。それはストレスも溜まることもだろう。
しかし、この章で著者が行った長女の“タッパーウェアパーティー”については、日本タッパーウェアのHPを見てもいまいち理解出来ないものだった。
その他にも、長女と長男のチェス対決など、面白い話題が盛りだくさんだ。
育児を経済学的に分析という面はどうか。
フリーパスと呼ばれるカードを何枚か子供に与える。子どもはこれ1枚ごとに1度だけ、まあ例えば、就寝時間後に部屋を出て何か飲みに行ってもいいとか(典型的な夜更かしの言い訳)、親にハグしてもらえるとか決めておく。子供の持つパスの数には制限があるから、夜中に子供に煩わされる回数も制限できるし、全面的禁止という険悪な事態も避けられる。
これはまさに子供に規則正しい生活を身につけさせるにはで論じたことと同じことだ。
フリーパス制度を実行するなら厳密に守ること。心を鬼にしないと、あっという間にぐだぐだになってしまう。
と著者は念を押しているが。
「〇〇をやったら××になる」ということさえわかれば誰だって合理的に行動するのだ。赤ん坊でさえも。
子育て×経済学という異色の組み合わせが成功している類い稀な1冊。

2010-08-20

[書評] 借金を返すと儲かるのか?


借金を返すと儲かるのか? 岩谷誠治(@kaikei_ishiki)著
@isologueさんにお勧めされたので読んでみた。
内容:
  • 決算書には、結果としての会計である“静的な決算書”と動的な変化を理解するための“動的な決算書”の2種類がある
  • 財務・経理部門にいる人以外にとって重要なのは後者
  • 会計は、下から順に“簿記”、“経営”、“財務・ファイナンス”の3つの階層からなっている
  • “会計の公式”さえ覚えれば日常業務に会計を応用できる
  • 商売の記録を全て金額(お金以外も全て金銭に換算)で表したものが決算書
  • 賃借対照表と損益計算書をドッキングさせた“会計ブロック”を積んでみよう
  • “資産” “負債” “資本” “収益” “費用”の5つのブロックと8種類ある組み合わせを覚えよう
  • 資産が増えて利益が減ることはない/負債が増えて利益が増えることはない
  • 利益とキャッシュフローはまとめて考えよう
  • “収益をいかに増やすか” “費用をいかに減らすか”だけでなく、最終的に得するような決算書にしよう
会計を全く知らなかった自分でも(なんとなく)理解できたほどわかりやすい。
会計の重要性、“普通の人”に必要な会計とは何か、そしてそれはどう応用できるのか。これらを一挙に学べる良書。

2010-08-18

電子教科書の是非


最近、ソフトバンクの孫正義(@masason)氏を中心に、Twitterで電子教科書の是非についての議論が盛り上がっている。
それにしても、漠然とした紙の良さを主張して電子教科書の導入に反対するのはナンセンスではないだろうか。
紙にも電子にもそれぞれ長所がある。電子の利点を超える利点として漠然とした紙の良さを主張するのには無理がある。
“紙の辞書か電子辞書か”の議論も混じっていて、紙の辞書派には「紙の辞書だと単語を覚えられる」や「周りの関係の無い単語も目に入る」といった主張が多かった。しかし、辞書は辞書であって単語を覚えるためのツールでは無い。周りの関係無い単語が一緒に目に入ることが重要なら、紙の辞書を再現したアプリを使えば良い。五十音順に並んでいて、調べたい単語を検索するとその単語のあるページが表示されるようなアプリなら納得してもらえるだろうか。
「紙には長い歴史があるから」と主張している人もいるが、当時は進歩の速度が非常に遅かったため紙を選択せざるを得なかったと考えることも可能だ。現在は当時と比べものにならないほどの速度で技術は進歩している。
いずれにしろ、現段階では電子教科書の全貌や効果が明らかにされていないので、電子教科書を試験的に導入してみて、その結果を見てから再度議論するべきだろう。

.@masason さんの電子教科書についての議論を見てると、「紙の〇〇には(目に見えないけど)電子には無い良さがある」という反論の多さに驚く。「良さがある」じゃ反論にならないんだよ。紙と電子の利点の数や重要度を比べて「どちらが総合的に優れているか」で判断しないと。10:29 AM Aug 16th via HootSuite

2010-08-16

宝くじは買うな


以前にも紹介したティム・ハーフォード(@TimHarford)のコラム:
Is my dream win worth a lotto punt?
But lately I’ve started dreaming (well, it’s more like a nightmare) that my zip-code wins the lottery, so my neighbours become millionaires and I miss out on all the money.
相談者は今まで1度も宝くじを買ったことが無かったが、ZIPコード(郵便番号のようなもの。ちなみにこの相談者はオランダ在住)宝くじで近所の人が百万長者になったとのこと。そして、これから毎月宝くじを買うべきかどうか相談してきたわけだ。
それに対するハーフォードの回答:
I would still advise against buying a ticket, though. First, you’re not psychic: a dream is just a dream. Second, happiness research suggests that lottery winners are not made happy by their victories. But most importantly, your chance of winning remains close to zero. The zip-code format has raised the stakes, but it has not improved the odds.
ここでは宝くじを買わない方が良い理由が3つ挙げられている。
1つ目は、相談者は超能力者ではなく、夢はただの夢に過ぎないから。
2つ目は、幸福調査で宝くじの当選者が当選によって幸せにならないことが示されているから。
そして最も重要なのは、当選する可能性はほぼゼロだということだ。
宝くじに一縷の望みを託すより、宝くじを買うお金を貯金して何かもっと有意義なものに使ったほうがはるかに良いだろう。

2010-08-14

Twitter公式ツイートボタン


TwitterがTopsyやTweetMemeに対抗する製品を立ち上げた:
Twitter、公式「Twitter Button」を発表 - ITmedia エンタープライズ
Twitter / Tweet Button
既にこのブログも7月分のエントリまでさかのぼってTopsyからTweet Buttonに置き換えた。
Tweet ButtonとTopsyのそれぞれの特徴を見ていこう。(TweetMemeは使ったことがないのでここでは割愛)
Tweet Buttonの特徴は、なんといっても速いということに尽きる。Topsy(やTweetMeme)はツイートするときにTwitterのホーム画面を開くために時間がかかるが、Tweet Buttonはリンクとタイトルの入ったシンプルなポップアップが開くだけなのでとても素早い。ツイート後に設置者が設定したアカウントのフォローを勧める画面が出るというのも、フォロワーを増やしたいユーザーのニーズに沿っている。
対してTopsyの特徴は、そのページのリンクを含むツイートをほぼ漏れなくTopsyのサーバーに保存しているという点だ。Tweet Buttonのリンクを含むツイート一覧は、Twitter検索を利用しているだけなので、Twitter検索の問題点(ツイートを取りこぼしやすい)がそのまま引き継がれてしまう。
しかし、ツイートのスピードに比べるとツイートを一覧できるかどうかというのはTweet Buttonの普及を妨げる要因にならないかもしれない。一覧を見たければTopsy TrackbackにページのURLを貼りつければ良いだけだし、そのページをツイートされやすくする1番簡単な方法は読者がツイートするコストを下げることだからだ。

まとめ: Tweet Buttonはウェブサイトの管理者に対する利点が競合製品に比べて大きいため普及していくだろう

2010-08-12

さあ怠けよう



いかに効率を上げるか=いかに怠けるか9:13 AM Aug 8th via HootSuite
これからは、“いかに怠けるか”を考えよう。
それも、“成果をそのままにして”いかに怠けるかを考えるのだ。
成果を改善しようとするとき、往々にして「さらにリソースを費やそう」という風になりがちだ。これでは、効率性が悪くなっていく。
リソースを追加するより先に、効率性を改善(=うまく怠ける)すれば、余ったリソースの一部だけをそのプロジェクトに費やして、残りはもっと自分にとって便益が大きいものに費やすこともできる。

まとめ: うまく怠けて楽しく生きよう

2010-08-10

努力って何?


中1のころに書いた夏休みの宿題の2分間スピーチの原稿を見つけたので一部引用。(全文はここで見られる)
そもそも努力ってなんでしょう?
勉強やスポーツには努力という言葉を使うことがありますが、ゲーム、WiiでもPSPでもなんでもいいですがそういうので努力って聞いたことがありません。
サッカーをしてる人は努力をしていて、ゲームをやるのは努力じゃないってことなのでしょうか。
でも、どっちも好きでやってるんだから、熱中してることだと思うんですけどね。
熱中と努力を履き違えると、いやなことを無理にやることがいいこと、という風になりかねません。
自分に向いていることなんて一握りなんです。自分に向いてないと思ったら、いつまでも執着せず、できなかったらスパッとあきらめることも大切だと思います。
でも、この見極めが難しい。だって、全部最初は難しくて、できないって思っちゃいますから。
今やっていることが本当に自分に向いていることなのかどうかというのはある程度やってからじゃないとわからないものです。
“努力=苦労”では決して無い。
何かを達成したいときに必要なのは、“がんばったり苦労して力づくでなんとかする”という“努力”ではなく、“達成への道筋をつけてそれを着々とこなしていく”という“努力”だ。

2010-08-08

ブログの書き方


どうしたらうまくブログを書けるだろう?
まず、重要なのは自分が比較優位にある分野について書かなければただの素人談義になってしまうということだ。私がHTML入門のエントリを書いても誰も読まないだろう。
自分が比較優位の分野で面白いと思えるネタを見つけるのは結構難しい。面白いネタを思い付いても、自分の知見では分析できないことが多いからだ。
どうしたら自分が比較優位の分野で面白いネタを見つけられるだろう?
これは自分にとっても難問(Twitterでよく「ネタが無い」とツイートしている通り)なので、「これだ!」というものは無いが、1つ自分がよく使う方法を挙げよう。
それは、“自分が同意したツイートについてより突っ込んだことを書く”というものだ。
Blackbird Pieを使ってツイートを貼りつけ、その下にそのツイートについての解説するという形式なら、1エントリぐらいすぐ書けるだろう。

※これとは別に、「どうしたらブログを定期的に更新していけるのか」という悩みもあるが、それについては青木理音(@rionaoki)さんの“どうやって毎日ブログを更新するか » 経済学101”が役に立つ。

2010-08-06

終わり良ければ全て良し



動機が重要なんて人とは仕事したくないわ。RT @tamai1961: 農業振興の「動機」が大事だという人もいるけど、それは違うと思います。金儲けが動機であれ何であれ、飢餓から人が助かる、食卓が豊かになるなら、それは人類が豊かになっている。8:48 AM Aug 5th via HootSuite
ある2人は農業を営んでいる。両方とも野菜を安く大量に提供することで野菜の市場価格を引き下げた。
1人は「野菜をもっと多くの人に食べてもらいたい」という動機で、もう1人は「農業で一発当てたい」という動機で農業を始めた。
両者の違いがこの1点のみだった場合、どちらの方が評価されるべきだろう?
私の答えは「両方とも同じだけ評価されるべき」というものだ。
この2人は同じ結果を出している。言い換えれば、どちらも社会を同じだけ豊かにしているということだ。
社会を豊かにしているのに、「あいつは金儲けしたいだけ」といって評価しないのであれば、結局は社会を豊かにする人は減ってしまうだろう。

まとめ: 動機や過程よりも結果が重要

2010-08-03

子供を増やし虐待を減らすには


誰が何をネグレクト? - Chikirinの日記
死んでしまったり虐待される子を減らすにはどうすれば良いだろう?
実は、これだけならとても簡単だ。子供を産むのを難しくしてしまえば良い。妊娠にあたって試験を課したり、中学や高校で子育ては難しくて並大抵のことではないということを教えたりするのだ。生まれてくる子供の数を減らす政策を採れば、虐待されたり死んでしまう子も自ずと減る。
しかし、ちきりん(@InsideCHIKIRIN)さんは、「出産コストをこれ以上上げたら少子化がますます進んじゃうよ」と、“少子化対策”にも目を向けている。
子供を増やし、かつ虐待も減らす策は無いだろうか?
そのうちの1つとして私が提唱しているのが公的育児放棄制度だ。
出産後、さまざまな要因(離婚/失業など)により育児が困難になることがある。そのような状態に陥ったとき、公的な組織(地方自治体/地方自治体の支援を受けたNPO)に子どもを引き取ってもらえるようにするのだ。
この制度を実施すると、「不安だったけど無理だったら引きとってもらえればいいや、と産んだら結構きちんと育てられることがわかった(本来より多く子供を育てる人)」と「軽い気持ちで産んだけどやっぱり無理だった(本来育児能力が無いにもかかわらず出産した人)」という2つのタイプの母親が現れるだろう。
そして、私は前者のほうが多いと考えている。
この制度への批判として、「子供を捨てる人が増えて結局社会負担が増える」というものがある。しかし、増える社会負担よりも増える子ども及びそれに伴い増える社会利得のほうが大きいのではないだろうか。
この制度の目的は、「社会に子供の受け皿を作って出産コストを下げよう」というものだ。だから、私の提唱する公的育児放棄制度以外にも、小林正和(@kobayashi_masa)さんの言うような、養子に出したい人と引き取りたい人をマッチングする、というのも良いかもしれない。
この制度を実施しても、子供を棄てる人やこの制度によって子供を産むことを決める人は少ないだろうという点には留意する必要があるが、やってみる価値はあるだろう。

2010-08-01

教育の機会均等とは


日本の教育は機会均等か - Togetter

そもそも“機会均等な教育”とはどのようなものだろうか?
例え話で説明しよう。
親が金持ちの高校1年生がいる。成績はいまひとつだが、大量のお金を費やして3年間塾に行き家庭教師をつけてみっちり勉強すればギリギリ東大に行ける。
この高1がもし貧しい家庭の子だとしたら、毎日塾に行くことはできず、東大に行くことはできない。
これを“教育の機会不均等”だと言うのだとしたら、それは誤りだと言わざるをえない。
“教育の機会均等”とは、あくまでも“各人が能力に応じた教育を受けられる”ということだ。
“貧しい家庭の子だけは無条件に奨学金を受け取れる”ということでは決して無い。奨学金は、“親の財力”ではなく“本人の能力”に対して出すべきだろう。親が金持ちでも親と不仲な人がいる。その人に能力が有るにもかかわらず、“親が金持ちである”という理由で奨学金がもらえないとしたら、そのほうが“教育の機会不均等”だろう。
教育の機会均等を実現するために必要なのは、試験を無くして“自分の好きな”教育を受けられるようにすることではなく、成績に応じて(成績が良ければ返還義務が無かったり悪ければ教育ローンしか借りられないなど)奨学金を出すことだ。

掛け算がなかなか理解出来ない小学2年生と既に割り算までやっちゃってる小学2年生がいて、前者には掛け算を丁寧に教え、後者には割り算と掛け算の計算問題を教える。これが“習熟度別クラス”の目的。前者にも後者にも等しく割り算を教えるのが“教育の機会均等”ではない。9:36 PM Jul 31st via Chromed Bird