2010-09-16

[翻訳] 政府の幻想 vs 現実


政府の幻想 vs 現実 by Russ Roberts - 道草より転載。

デヴィッド・ブルックスはこう書いている:

社会組織はボロボロだ。人的資本は浪費されている。社会はセグメント化している。労働市場は病気だ。賃金は沈滞している。不平等は進んでいる。国家は消費しすぎていて、イノベーションは進んでいない。中国とインドが波のように押し寄せている。これらの挑戦が全て市場の自然治癒力によって対処できるわけではない。

ブルックスは、政府の力を使うことを受け入れる共和党を望んでいるようだ。そこにはただ1つ問題がある。ブルックスがリストしているそれらの挑戦のうち、どれがワシントンの政治家のトップダウンの治癒力で対処できるのだろう? ワシントンが得意なのは、社会組織をボロボロにして労働市場をふいにしてしまうことだ。彼は、(ワシントンのおかげで!)住宅市場がめちゃくちゃになっていて、ワシントンが損益計算を外して損失を出したことがあるので資本市場が最も価値があるものに資本を配分できていないということを忘れている。めちゃくちゃにされた資本市場と壊れた住宅市場は、人的資本が浪費されていて賃金が沈滞している大きな理由となっている。公立学校もそれぞれの問題に寄与している。

ブルックスは、私たちが隷従への道を降りた後の政府の役割は何かという見通しを持つために共和党を望んでいる。ここにそれが1つある。今より小さい政府の世界では、現在政府によって直接的に規制されているか間接的に締め出されている創造的な方法で、お互いのために品物やサービスを作るために協力したり、お互いに面倒をみあったりすることががさらに自由になる。政府を小さくすれば、私たちは、自分たちや他の人に必要とされている自分たちの知識を使うことを選んだ、もっと私的で自発的な対話が持てる。

隷従への道の反対はわがままへの道ではない―自由への道だ。自分たちや他人を助けるために自由になろう。ナンシー・ペロシやジョン・ボナーやハリー・リードやバラク・オバマやミット・ロムニーやサラ・ペイリンが処方したような偽の治癒ではなく、これが本当の治癒なのだ。彼らには私たちを治すことはできない。決してできないし、決してしないだろう。

大きな政府の支持者はいつも、「私たち」が一緒に何ができるかについて語る。しかしそれは幻想に過ぎない。政府は「私たち」ではない。政府はたくさんの政治家と自分たちの職を守ろうとする官僚の塊だ。そう、彼らは人々の声を聞いてはいる。しかし、いくつかの声が他よりも大きいのだ。

政府を小さくすれば、私たちは私たちが本当に一緒にできることをたくさん得るだろう。それはもっとたくさんのもの、もっとたくさんのガジェット、もっとたくさんの物質的な幸福だけではない。確かに私たちはもっとたくさんのものを得て楽しいだろうが、それは人生に深遠な意味を与えてくれるものではない。深遠な意味と真の満足は、私達自身よりも大きい何かで他人と働くことでもたらされる。それは家族を築くことでもたらされる。それは私たちの理解を超える何かに到達しようと努力することでもたらされる。それが、政府が小さくなったときに私たちがもっとたくさん得るものなのだ。

by Russell Roberts

9月14日

(原文: The romance of government vs. the reality)

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