2010-11-28

[紹介] 経済セミナー 12・1月号


経済セミナー 12・1月号

8月に大阪大学で大竹文雄(@fohtake)氏と安田洋祐(@yagena)氏との対談(鼎談)が掲載された本誌がついに出版された。(対談@阪大)

今回の対談(鼎談)では、私が経済学に興味を持ったきっかけから、中高での経済学教育、大学での経済学教育、経済学とはそもそもなんなのか、機会費用を考慮しての選択、イノベーションと不平等の関係、経済学者の間で論争が起きる理由、実験の重要性、経済学者の「仕事」まで、非常に幅広く論じていて、とても興味深い内容に仕上がっていると思う。

この対談の他にも、経済学の学び方や教え方についてのおもしろい記事が多く掲載されている。
以下に今回の特集の目次を引用しておく。

特集=経済学の学び方・教え方
[対談]経済学って、おもしろい?/大竹文雄×西田成佑 [司会]安田洋祐
[鼎談]実験経済学の教育効果/小田宗兵衛×横山省一×和田良子
 サイエンスとしての経済学に挑戦する高校生たち/松村茂郎
 高等専門学校における経済学教育──広い視野を持つ科学者の育成を/山森哲雄
 基礎ミクロ経済学講義の一事例──ゲーム理論から攻める/尾山大輔
 日本の大学院教育──アメリカとの比較/吉野直行
[学生座談会]経済学、学び方の“コツ”/岡本竜×川田佳寿×井上勇太×鈴木弥香子
 経済学者が薦める教科書、この3冊

2010-11-27

[翻訳] 公正貿易は自由貿易に比べて公正ではない(そして自由でもない)


公正貿易は自由貿易に比べて公正ではない(そして自由でもない) by Don Boudreaux - 道草より転載。


以下はNew York Timesへ宛てた投書だ。

トッド・タッカーは、アメリカ政府に「公正貿易」を選んで自由貿易を拒否してほしいようだ。(11月22日の投書)

全てのまともな人は公正であることを称賛し「不公正」であることを強く非難するとはいえ、「公正性」は政策を左右するにはあまりにも曖昧すぎる。なぜかを見るには、憲法修正第一条に書かれていることが、自由より公正原理にかじをとるよう変更された修正第一条の数語だけのようなものだったと想像してみてほしい。

合衆国議会は、国教を樹立、または宗教上の行為を公正に行なうことを禁止する不公正な法律、言論または出版の公正を制限する法律、ならびに、市民が公正に集会しまた苦情の処理を求めて公正に政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない。

この文脈で「自由」を「公正」に置き換えることが憲法修正第一条を歯抜けにしてしまっただろうということに疑いの余地があるだろうか? 同様に、自由貿易を公正貿易政策に変えてみると、実際問題として、不自由な―ついでに不公平な―政治的に影響力のある国内生産者のための独占特権政策になっただろう。

敬具
ドナルド・J・ブードロー

by Donald J. Boudreaux

11月23日

(原文: Fair Trade Is Less Fair (and Less Free) than Free Trade)

2010-11-22

今年読んだ本ベスト10


今年の本のベストを発表しているブログがちょくちょく出てきたので、私も今年読んだ本のベスト10をを発表しよう。
なお、このランキングは今年「読んだ」本の中から選んでいるもので、今年「出版された」本とは限らないことに注意してほしい。

  1. The Price of Everything by Russell Roberts
  2. インビジブルハート ラッセル・ロバーツ著
  3. 資本主義と自由 ミルトン・フリードマン著
  4. インセンティブ タイラー・コーエン著
  5. ランズバーグ先生の型破りな知恵 スティーヴン・ランズバーグ著
  6. 超ヤバい経済学 スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー共著
  7. まっとうな経済学者の「お悩み相談室」 ティム・ハーフォード著
  8. 子育ての経済学 ジョシュア・ガンズ著
  9. 知性の限界 高橋昌一郎著
  10. 理性の限界 高橋昌一郎著

2010-11-21

[翻訳] 金融リテラシーを身につけるには


金融リテラシーを身につけるには by Tim Harford - 道草より転載。

少しテストをしてみよう。あなたが1000ポンドの新しいPCを買うが、その金を工面するために借金をする必要があるとする。あなたには2つの選択肢がある: 12回分割払いで1ヶ月に100ポンドずつの支払いを1年間続けるか、20パーセントの金利でお金を借りて年末に1200ポンドを返済するか。どちらが良い選択だろうか? それとも両方とも同じなのだろうか?

時間をとってみてほしい。イタリア人の経済学の教授で現在はアメリカのダートマス大学に軸を持つ、アンナマリア・ルサルディはたくさんの人々にこの質問を訊ねてきた。アメリカ人のたった7%しか正しく回答できていないという。金利とクレジットカードの最少の支払いについてのより単純な複数の選択肢のある質問でさえ多数派の人々を困惑させる。

ルサルディは、金融リテラシーはアメリカとその他の国々(豊かな国も貧しい国も)での主要な問題だと信じている。サブプライム住宅ローンを虚偽販売されるのにうってつけのアメリカ人が多すぎたので、それは信用収縮にも寄与した。それは、給料日ローンや他の種類の短期クレジットに頼る人々や不十分な年金をもらって退職しようとしている年をとった人々に対して、容赦ない毎日のコストをはらんでいる。

ルサルディは特に、貧しい人、高齢者、少数民族、女性の金融能力が低そうなことを心配していて、彼女は何かがなされてほしいと思っている。

しかし何を? ルサルディは学校のカリキュラムに金融教育を導入するのに賛成だ。そして、証拠が少し薄いとはいえ、多分それは機能しただろう。私たちは、金融リテラシー―ルサルディの質問に完璧に答える能力―は人生でのより良い金融的な決定に誘導するという自信を持てる。しかし、学校で授業をとることが金融リテラシーを大きく上達させる役割を果たすのかはあまりはっきりしていない。

それが、ドミニカ共和国で企業家と行われた新しい調査が私の注意を引きつけた理由だ。アレハンドロ・ドレクスラー、グレッグ・フィッシャー、アントワネット・スコアという3人の経済学者が、小企業の社長にどうやって彼らのビジネスのキャッシュフローを管理するのかの講義をするというコントロールされた実験を行った。

400人の社長は短期間だが包括的な企業会計のコースを受け、別の400人は何のトレーニングも受けず、最後の400人は経験則からなるコースを受けた。これらの手っ取り早い手口は、どのように企業のキャッシュと個人のキャッシュを分けて維持し、どのようにビジネスがどのくらいの収益を上げているのかを計算する単純な早見表を使うのかを明らかにすることが意図されていた。

結果は、経験則の勝利だった。それらの単純な格言を教えられた社長は、会計の管理をうまく行えるようになり、困難なときにキャッシュフローをより多く蓄え、そしてよりうまく管理しているように見えた。会計のトレーニングは対照的に何の役にもたたなかった。

だから多分、経験則は金融的な無能さへの答えになるだろう。そのうち1つを挙げよう: 決してコンピューターを分割払いで買ってはいけない。

by Tim Harford

11月15日

(原文: How to be financially literate)

2010-11-20

自動車より自転車の信号無視が多いのはなぜか


先日、自転車で道路を走っていたときのこと。交差点で赤信号になったので停車した。そのとき、通行量の少ない道路だったため、青信号でも車が来る気配がない。そのため、30代くらいの女性が信号無視をして渡ってしまった。このような「車が来ていないから渡る」という光景は全く珍しいものではない。しかし、自動車が「車が来ていないから」と信号無視をして渡っているところはこれまで数回しか見たことがない。
なぜ自転車や歩行者はよく信号無視をするのに、自動車は信号無視をしないのだろう?
それは、自動車のほうが信号無視をするコストがとても高いからだ
自転車や歩行者の場合、少し前に出て左右をしっかりと確認してから信号無視をするかどうか判断することができるし、万が一接触事故を起こしても大事に至る可能性は低い。しかし、自動車だと、停車線から左右をしっかりと確認するのは難しく、もし歩行者にぶつかったり轢いてしまえば、懲役刑になる場合すらある。
これは、刑罰に抑止効果があることを示す好例と言えるだろう。

2010-11-19

[翻訳] 刺激は効いたのか?


刺激は効いたのか? by Steven Landsburg - 道草より転載。


刺激は職を生み出したのだろうか?

サンフランシスコ連邦準備銀行のダニエル・ウィルソンは、初めてのこの問いを解決しようとする証拠に基づく努力かもしれないものを発表した。過去数年の経験から結論を引き出す際の明らかな問題は、見た実験が1つきりということだ。しかしウィルソンは、ある意味、財政支出は州によって実質的に異なるので50の別々の実験をしていると指摘している。50の実験から潜在的にたくさんのことを学ぶことができる。

残念ながら、それらはコントロールされた実験群ではない。景気対策の資金はランダムに割り振られたわけではないからだ。特に弱い経済の州はおそらくより多くのメディケイド資金を得ただろう。肥大していて能率の低い官僚制度のある州は必要なペーパーワークを完成させるのが遅いかもしれず、それゆえに資金を受け取るのが遅いかもしれないからだ。もしそれらの弱い経済や千鳥足の官僚が職の増加に影響を与えたとしたら、実験がクリーンではないということだ。

しかし幸いにも客観的な方式(人口動態、高速道路のマイル数など)に従って分配された資金の構成要素がかなりある。ウィルソンは、それらの構成要素を標準的な計量経済学の手法でうまく使って、効果的にランダムだと考えられるだろう財政支出の一部に的を絞った。今や彼は50の大体コントロールされた実験を得て、週ごとの経済成長にもっともらしく影響を及ぼすことのできるその他の交絡変数もコントロールしているのだ。そのすべてがこれを行う正しい方法だ。

ウィルソンが指摘するように、彼のものはこれらの方向での最初の試みに思える。以前の研究は大きく2つのカテゴリに分けられる。1つ目は、景気対策をした場合としなかった場合両方の雇用を予測する(そのため、彼らは刺激の観測された効果ではなく予測された効果をテストしている)、モデルに基づくアプローチ。2つ目は、守ったり新しく生み出した雇用の数を報告する景気対策の資金の受け取り手を必要とする、調査に基づくアプローチだ。そのような報告の明らかな方法は不正確になりそうだということは別として、それらは第1段階の刺激の効果のみを説明していて、第2段階で生み出された職を無視していて、消費者の支出の効果を無視しているし、神が他のことも知っているということも無視している。

ウィルソンの報告を要約するとこうなる:

  • 財政支出によって生み出されたり守られた職の数は3月の段階では約200万だが、8月にはゼロ近くに落ち込んだ。
  • 効果は業界ごとに異なる。もっとも大きかった影響は建設業界で、刺激されなかった場合と比べて23%の雇用の上昇(2010年8月の段階)が記録されている。
  • どのようにお金が使われたのかがとても重要だ。インフラや他の一般的な用途への支出は大きな正の影響をもたらした。
  • メディケイドを維持するための州政府への援助は実際に州と地方政府の雇用を減少させているかもしれない。これは少し意外だ。それは、非メディケイド地域での支出と雇用を切るよう導かれるというとても大きな負担を州と地方政府に強いる、ひも付きで資金が来るという事実によって引き起こされているのかもしれない。

これはどんなイデオロギーの信奉者に対しても紛れもない援助や快適さを与えたりはしない。そしてそれは決定的なものでもない。1つの研究が決定的になりはしないからだ。しかし、それは過去数年にわたって何が本当に起きたのかの理解への嬉しいスタートだ。

「刺激は職を生み出したのだろうか?」というのは「刺激は良い考えだろうか?」と全くもって同じ質問ではない、ということだけ付け加えておこう。しかしそれは本来重要であり、私は誰かがついに賢明な方法でそれに答えようとしているのを嬉しく思う。

by Steven E. Landsburg

11月16日

(原文: Did the Stimulus Work?)

2010-11-15

[書評] 超ヤバい経済学


超ヤバい経済学 スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー著
ヤバい経済学」の続編。
第3章「身勝手と思いやりの信じられない話」はぜひとも読んで欲しい。
この章は、1964年のニューヨークで起きたキティ・ジェノヴェーゼ殺害事件で「38人が警察に通報せずに見守るだけだった」という話から始まる。次に、「人間には生来から思いやりが備わっている」ということを示す行動経済学者の実験を紹介し、この結果に納得できないシカゴ大学の経済学者ジョン・リストの反論実験を紹介している。
「人間は生まれつき思いやりがあるわけでもないし、身勝手なわけでもない。人間に性善説も性悪説もなく、あるのはインセンティブだけだ」というのはジョン・リスト、スティーヴン・レヴィット、ゲイリー・ベッカーの共通見解のようだ。
私はこの3人の見解に同意する。
ジョン・リストの調査が何事かを証明しているとしたら、「にんげんって生まれつき思いやりがあるものなの?」みたいなのは間違った質問だってことだ。にんげんは「よく」もなければ「わるく」もない。にんげんはにんげんで、にんげんってのはインセンティヴに反応する。にんげんはほとんどいつだって、適当なハンドルさえ見つければ―いいほうにもわるいほうにも―操作できる。
それじゃ、気前がよくて献身的で、それこそ英雄みたいな行動が人間にはできるだろうか? もちろん。無関心で心無い行動が人間にはできるだろうか? もちろん。 (P.159)

2010-11-09

[翻訳] 悪のApple帝国


悪のApple帝国 by Russ Roberts - 道草より転載。

ハズレットとの“Google vs Apple”のPodcastの中で、私は人々がAppleを十分にオープンでなく―自社製品の使われ方や売られ方に制限をつけていて、不道徳だとして捉えることに対して驚きを表現した。スティーヴ・ジョブズが制御したいという性格の持ち主で、多分いくつかの理由でFlashを嫌っていて、結果Appleの製品の魅力を減じているとして、怒ったり憤慨したりするのはおかしいと私は主張した。なぜそれが製品を買うことからあなたを遠ざけるのか私にはわかることができたのかもしれない―それはあなたが必要なものを満たすには不十分だ、と。しかし私は道徳的な憤りというのは奇妙な反応に思えてしまう。

ジェリー・ブリトはこう返答している:

続いてラッセルはクローズドな製品を避けるという個人的な信念を、彼のブログにコメントする権利を持っているという感情を持っている数人の彼のブログの読者や、ラッセルの庭のグリルからホットドッグを取る権利を持っていると思っている変人の考えになぞらえている。私はなぜこの喩えが成立しないのか説明しなければならないとは思わない。私が指摘したいのは、道徳的な理由で特定の製品を不買すること(友人に同じことをするよう怒鳴ることさえも)は、全くもっておかしいことではない、ということだ。私たちは、レザーや動物実験された製品を買わない動物愛護主義者や、紛争地域から産出されたダイアモンドを買うことを避ける人々によって、いつもこの光景をみている。ラッセルが道徳的な理由で買おうとしなかった製品だってあると私は確信している。

だから、もしあなたが正直なところ、お高くとまったAppleがインターネットを閉鎖的なものにするのに寄与すると信じ(私はそうではないが)、オープンであることを特に政治的な理由で評価するなら、Appleをボイコットするという完璧に合理的な行動に出ただろう。

もしかしたらジェリーは私の指摘を誤解しているのかもしれない。私は、購買活動に道徳的な役割を持たせることに間違っていることは何も無い、ということには同意する。私が奇妙だと思うのは、製品のオープンさを道徳的な問題として捉えることにある。もしAppleが私がiTunesで購入したものを同期できるデバイスの数を制限しているなら、私のiTunesで曲を購入することに対する関心は薄れる。そう、私は、なぜあなたが自分の音楽でしたいことをするための無料の音楽の世界と全ての自由が欲しいのか理解している。しかし、どのようにジョブズの決定が不道徳なのだろうか? もしくは、ジョブズが全てのiPadアプリ開発者にAppsストアを開放したとしたら、それのどこが不道徳なのだろう? それは悪いビジネス上の決定になるかもしれない。しかしそれは不道徳だろうか? わたしにはわからない。

国が施行している所有権がこれをより複雑にしていることはきちんと理解している。それは一筋縄では行かない。もしかしたら、私たちはよりオープンな所有権制度を持つ消費者として豊かになっていて、創造性とイノベーションを促進する方法として州が現れるよりほかのメカニズムを受け入れていたかもしれない。しかし、多くの人が知的財産を廃止したいかというと、そこまではっきりはしていない。私はそれを実証的な問いとして見ているのであって、道徳的なものとして見ているわけではないのだ。

by Russell Roberts

11月4日

(原文: The evil Apple empire)

2010-11-07

自分が将来を楽観する理由


たいていの経済学者は将来に対して楽観的だ。スティーヴン・レヴィットも、ティム・ハーフォードも、スティーヴン・ランズバーグも、そしてラッセル・ロバーツも。
なぜ将来を楽観できるのだろうか?
それは、今まで人類に立ちはだかってきた困難を「イノベーション」で解決してきた歴史があるからだ。
「世界の終わり」はこれまで何度も訪れている。1900年始めには世界各地の問題で主な交通手段だった馬の糞が増え続け、都市の終わりとしてセンセーショナルに取り上げられた、という話が「超ヤバい経済学」に載っている。
もちろん、全ての問題がイノベーションで解決するわけではない。しかし、イノベーションの威力はたいていの人が思っているよりすさまじい。将来を悲観する理由はどこにも見当たらない。

404 Blog Not Found: それでも私はなるべく後に生まれる方を選ぶたった一つの理由

ここではあえて、若者世代の方の方がいい理由を述べることにする。


理由は、これしかない。

世の中、進歩しているから。

私はこれに全面的に同意する。

2010-11-05

教育レベルを上げるのが貧困をなくす1番の近道である理由


ラッセル・ロバーツも言っているようにだね、貧困をなくす1番の近道は人々のスキルレベルを上げる(=教育レベルを上げる)ことなんだよ。5:11 PM Nov 3rd via Chromed Bird


@GkEc 経済学には疎いので的を外していたらすいません。個人が貧困から脱出するのに教育レベルをあげるのが有効ということはイメージできました。ただ全ての人の教育レベルが同じになれば社会から貧困がなくなるというイメージができなくて。6:16 PM Nov 3rd via Tween


なぜ教育を与えることが貧困をなくす1番の近道なのか。
まず、教育を受けることによって仕事の選択肢が広がる。それは、シグナリングによる(大卒以上しか就けない仕事に高卒であれば就けないが、大学を卒業することによって就けるようになる)ものだったり、教育内容が実践的なものだったり、いろいろな要因による。
今まで途上国のコーヒー農家の息子として朝から晩まで働いていた子供は、教育を受けることによってコーヒー農家を継がずにもっと高賃金で環境の良い仕事に就けるようになる。
問題は、教育を受ける人が増えたらどうなるか、だ。元コーヒー農家が就けるコーヒー栽培よりマシな仕事がなくなってしまうのではないか?
そんなことはない。雇用は「イス取りゲーム(musical chair)」ではないからだ。
経済学者ラッセル・ロバーツの小説The Price of Everythingから、なぜ生産性が向上してより少ない人員でより安く製品が作れるようになると雇用が拡大するのかのルース・リーバーの説明を引用する。
人々が卵により少ないお金しか払わずに済むとき、他のものに費やせるお金は増えるわ。その未使用のお金は使うのに値するのよ。それが起業家や創造的な人々が新しいものを注目されるに値するものにしようとしている理由なの。卵や他の安くなっていく数百万の製品でのコスト削減がないと、新しい何かを手に入れることは古い何かを手放すことを意味するわ。生産性や取引を通じてものをより安くしているとき、それは私たちがケーキを手に入れそれを食べることもできることを意味しているの。私たちは卵や、iPodや、人工のバラの実や、その他の人生をより良いものにしてくれる全てのものをより多く手に入れることができるのよ。
(When people pay less for eggs, they have more money left over to spend on other things. That unspent money is a prize that hands itself out. That’s why entrepreneurs, creative people, are always trying to come up with new things to claim those prizes. Without cost-savings from eggs and millions of other products that have gotten cheaper, getting something new means giving up something old. When we make things more cheaply through either productivity or trade, that means we can have our cake and eat it too. We can have more eggs and more iPod and more artificial hips and everything else that makes life good.) (P.141)
教育を受けると生産性が向上する。つまり、今までと同じ時間でもっとたくさんのものを生み出せる。そうすれば、より多くの雇用を生み出せる。もちろん、教育を受けなくても良い仕事も存在する。(高い技能が必要なほどの高品質ではない)コーヒー豆の栽培もその1つだ。しかし、他のコーヒー農家が教育を受けて別の職に就くようになると、コーヒー豆の栽培業の賃金も自ずと上がる。コーヒー農家が転職することによってコーヒー豆の供給が減り、経済全体の生産性が上がることで実質賃金も増えるからだ。

まとめ: 貧しい人に教育を受けさせることによって生産性が上がり、給与も増える。その際、全体としてのパイも増えるので、ある程度の水準までの教育は貧困を抜け出させ経済全体も豊かになる効率性の高い策だ。

2010-11-04

経済学者か“Economist”か


[書評] まっとうな経済学者の「お悩み相談室」
上の本ではThe Undercover Economistを「覆面経済学者」と訳しているが、この訳には語弊があると思う。ティム・ハーフォードは“Economist”ではあるが「経済学者」ではないからだ。
Oxford English Dictionaryから“economist”の定義を引用しよう:
a person who studies or writes about economics
ティム・ハーフォードはa person who writes about economicsだ。大学教授として研究をしていた経歴はない。(大学講師としてオックスフォード大学で教えていたことはあるそうだが)
広辞苑からは「経済学者」の項目がないので「学者」の定義を引用する:
1. 学問にすぐれた人
2. 学問を研究する人
1の意味ではハーフォードも「学者」と言えるかもしれないが、一般的には学者とは2の意味(特に大学での研究)で使われる。
「覆面経済学者」よりも「覆面エコノミスト」のほうが実態に合うのではないか。
しかしそれほど目くじらを立てるほどのことでもないのだろう。

2010-11-03

[書評] まっとうな経済学者の「お悩み相談室」


まっとうな経済学者の「お悩み相談室」 ティムハーフォード(@TimHarford)著

まっとうな経済学」「人は意外に合理的」の著者であり、本ブログでもたびたび取り上げているティム・ハーフォードの最新作。
本書の原題はDear Undercover Economistで、Financial Times Magazineに連載されていたコラムDear Economistの中からおもしろい質問を厳選したものだという。
正直、経済学の入門書としてはあまり優れていないかもしれない。入門書としては上記の2冊のほうがよっぽど良い。
ではこの本のどこが良いか。
それは、「おいおい、そんなことまで経済学で説明できるのかよ…」というところまで説明してしまっているところだ。
非常にユーモラスで、ウィットに富んでいて、ところどころに皮肉が混じっている。経済学の大学講師について、スパムメールに真面目に返事をして最後に皮肉っていたり。
そして、その量がまたすごい。見開き2ページで1つのQ&Aを終えるという形式で、149ものQ&Aが掲載されている。Financial Times Magazineに週に1度掲載されていたコラムなのでおよそ3年分に及ぶ。これだけあれば誰でも1つは自分のお気に入りのQ&Aを見つけることができるはずだ。

最後に私が気に入った質問を2つ引用しよう。(ハーフォードの回答はぜひ本書を読んで確認して欲しい)

経済学の高等教養課程(Aレベル)を学んでいる17歳の学生です。
まわりには恋人がいる友だちがたくさんいます。私も彼女が欲しいとは思うのですが、勉強がおろそかになるのではないかという不安もあります。費用対効果を分析すると、どのような結果になりますか。(P.52)
息子が経済学中毒になってしまいました。私が息子の経済学の本を没収すると、息子が私の財布からお金をとっていくいたちごっこが続いています。息子にはまっとうな人間になって、ほかのみんなと同じようにパブに通うようになってほしいのです。私はどうするべきでしょうか。(P.84)

2010-11-01

[翻訳] 世界をより良い場所にする


世界をより良い場所にする by Russ Roberts - 道草より転載。

今、子どもが泣いている。目の見えない女性が交差点で助けを求めてニューヨークの路上を歩き回っている。乞食が物乞いをしている。教室に溢れんばかりの大勢の生徒が教師を待っている。心が折れてしまった人がいる。友人の妻は入院していて、彼自身も様々な理由から参っている。

あなたを必要としている人がいる。あなたは助けるだろうか? 見て見ぬふりをするだろうか? 助けるとしたら、どのように助けるだろう? 全身全霊を注いでだろうか? それともあなたはつらかったり、退屈だったり、気が散っているだろうか? あなたの電話は鳴っているだろうか? それとも友人の悩みを聞いている間にEメールをチェックしているだろうか? 簡単なことやあなたにとって最良のことをする理由を見つけられるだろうか? 結局あなたは助けるだろうか?

これらは私たちが日々下している決断だ。私たちが何をするか、それをどのようにするかということは私たちの生活と私たちの周りの生活、家族や友人や見知らぬ人の生活の質を形作っている。それは友人や家族や見知らぬ人への哀れみや情熱を越えている。それは私たちがどう仕事をこなすかであり、私たちがする全てのこと―仕事、遊び、そして家族―義務と責任の全体に持ち込んでいる精神なのだ。

これらの毎日の出会いに関するデータは無い。仕事の数は数えられているが、仕事への情熱は数えられていない。どれだけの労働者が顧客のために余分に歩いたのか、どれだけの従業員がたとえ昨夜十分に睡眠を取れなかったとしても辛抱強く迷惑な顧客に付き合っているかを数えられてもいない。どれだけの人々が孤独なホームレスに微笑みかけているか数えられていないし、病気の人や死にゆく人を慰めに病院へ行く人の数も数えられていないのだ。

2010年の方が1910年よりも情熱に満ち溢れているかどうかはわからない。カリフォルニアの方がニューヨークよりも情熱に満ち溢れているのかもわからない。しかしそれらが重要であることは知っている。経済分析局や労働統計局に計測されないからといって、それらがささいなものだったりはかないものだとは決して言わなかっただろう。

数週間前、トーマス・フリードマンがティーパーティー運動についての記事を書いていて、それをティーケトル*運動であるとして嘲っている。

すべての注意、非組織者、政府と赤字の成長への自己生成された抗議を惹きつけているティーパーティーは、「ティーケトル運動」とでも呼べるものだ―すべての活動は蒸気を放出することなのだから。

その背後にあるエネルギーは本物ではない(それははっきりしている)、もしくはそれは選挙的に影響を与えないだろう(それははっきりしているかもしれない)、と言っているのではない。しかし、選挙に影響を与えることとアメリカの未来に影響を与えることは別物だ。この動きで聞いたすべてを基にすると、すべてが蒸気でエンジンが無いように感じる。それはアメリカの偉大さを取り戻すための計画を持っていない。

アメリカの偉大さを取り戻すための計画は無い。トーマス・フリードマンはどこに偉大さがあるのか知らないのだろう。偉大さは私たちの身の回り全てなのだ。それはワシントンから出てくるわけではない。それはあなたやわたしや私たちがどのように人生を過ごすか、から出てくるのだ。私たちは、新しい公営企業を擁護することによってではなく、私たちの周りの人々への情熱や愛や忍耐や優しさを通じて世界をより良い場所にするのだ。私たちは1分毎、1人ずつ世界をより良い場所にしているのだ。

by Russell Roberts

10月29日

(原文: Making the world a better place)


* 訳注: Tea Kettle=やかん