2011-04-22

[翻訳] 課税されることのない男

課税されることのない男 by Steven Landsburg - 道草より転載。


私の仕事をなにか面白いものを書いてしかも100%間違っているジャーナリストよりも簡単にしてくれるものはない。

そういうわけで、エリザベス・レスリー・スティーヴンズ、昨日のBay Citizenのコラムを書いてくれてありがとう。スティーブンズは「有閑階級(idle rich)」に対して課税してほしいと思っていて、その一例として8400万ドルの鍵メーカーSchlageの遺産相続人ロバート・ケンドリックを挙げている。スティーヴンズ氏によれば、ケンドリック氏は1日中4台の車を駐車し続ける以外全く何もしていないように見えるという。彼女が言うには、ケンドリック氏のような人に課税することはアメリカの財政危機の解決策の一部になりうる。

スティーヴンズ氏が見逃していることを挙げよう。事実が彼女の言っているとおりだとすると、ケンドリック氏のような人に課税することで歳入を増やすのは全くもって不可能なのだ。私たちはそれが望ましいかどうか議論してもいいが、それは不可能なので、議論は机上の空論だ。

なぜ不可能なのか説明しよう。政府がより多くのモノとサービスを消費すれば、必然的に他の誰かが消費する分は減る。しかし、ケンドリック氏はスティーブンズ氏の財布で何かを消費しているわけでは決してない。彼はただ1日中車を走らせているだけだ。彼の消費量はこれ以上下がりようがない。

あらそう―スティーヴンズ氏は言う―しかし8400万ドルは未だに銀行にある、と。確かにそれに課税することはできますよね? まさにそこがスティーヴンズ氏が混同しているところなのだ。彼女は緑の札束や銀行のコンピューターの0と1の羅列がどういうわけか政府の現実のモノやサービスへの需要に対する供給を助けると考えている。それはありえない。

もし政府がケンドリック氏の8400万ドルを持っていったら何が起こるだろうか? 答え: 0と1の集合が銀行のコンピューターの中で移る。ケンドリック氏は今まで通り車を走らせる。そして、それ以外は何も変わらない

もちろん、政府が8400万ドルのいくらかを消費すると決めるなら話は別だ。政府がより多くのモノを消費し、ケンドリック氏が消費を減らさなければ、他の誰かの消費する分は減る。他の誰かとは誰だろうか? 答えは取引の詳細に依るが、最もあり得る答えは、ケンドリック氏が税金を払うために8400万ドルを下ろしたときに、銀行はより少ないローンしか組めなくなり、金利は上がり、誰かが休暇をキャンセルしたり、車の購入を延期したり、建設中の工場を放棄したりする、というものだ。誰が税金による負担を被るのか? それは、休暇や車の購入や工場の建設をキャンセルした人々だ。ケンドリック氏ではない。

彼に課税しようとすることはできるが、そのような彼に課税しようとする試みは形を変えて他の誰かが負担することになる。この理由は結局は経済学の法則にはなく、数学の法則の中で見つかる。人間の消費をゼロより低くにすることはできないのだ。

スティーヴンズ氏の大きな間違いはお金と現実の資源を混同していることだ。彼女は政府がケンドリック氏のお金を取り上げるだけでどういうわけか現実の資源を獲得できると思っている。資源は結局どこかからやってこなければならないということに気づかずに。「金持ちに課税する」ことは、金持ちが消費する量を減らさない限りは、役割を果たすことはない

ジャーナリストはこの間違いをたくさんするが、私にはこれ以上わかりやすい例を目にした記憶がない。

by Steven Landsburg

4月18日

(原文: The Man Who Can’t Be Taxed)

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